| 2002年12月の「ぼそっと」 |
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TUNCAY SANLI(トゥンジャイ・サンリ?)
1982年1月16日生まれ(20歳)来月誕生日じゃん!セルハト君の1つ下かぁぁ 182cm 72kg え?あれで182cmあるんだ!意外だっっ!! フェネルバフチェ所属(17番) トルコ・アンダー21代表 |
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【どうでもいいマメ知識】
「冬至」といえば、一年で最も昼の短い日! 冬至を境に日が長くなるため、古来より太陽が蘇る日とも 冬が終わり春が来ることを告げる日とも言われてるとか なぜ、冬至にゆず湯に入るのか? 「冬至(とうじ)」= 「湯治(とうじ)」(湯につかって病を治す)のひっかけと 「柚(ゆず)」=「融通(ゆうずう)が利(き)きますように」という願掛けがあるそうな・・ 江戸時代のお方は、おもしろい事を考えるもんっす(^-^)! |
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「ねぇ〜フィリップ!最近、すっごく寒くなったと思わない?」
「やぁ〜macoりん!ホントにねぇ〜!僕は氷上が仕事場だからねぇ〜! 屋外は勿論、室内も寒いのさぁ〜はっはははー!」 「うふふ、ホントね!そんなフィリップに、私からステキな商品を紹介するわ」 「今日、ご紹介するのは、こちらの「ババ・シャツ」です! 日本では、と〜っても一般的なものなのよ、フィリップ! 職人さんが1枚1枚丁寧に仕上げたこの生地!さわってみて!」 「おおおおお!なぁぁ〜〜んて薄いんだぁ〜!それに、この肌触りといったら!」 「でしょう〜〜〜!こんなに薄いのに、暖かさはもう、サイコー!! 「ババ・シャツ」を1枚着れば、シャツだけで、充分に一冬すごせるわぁ〜! スッキリ、スマートな女性ってステキでしょう?フィリップ!」 「あああ、僕もスマートな女性は大好きさ!(ウィンク) 一冬シャツだけで過ごせるなんて、とっても経済的だね!」 「そうなの!冬服って高いじゃない?保管にもお金がかかるしね! そのてん、この「ババ・シャツ」を着れば、寒いシーズンでも 身軽な装いが楽しめるのよ!ステキじゃない?フィリップ!」 「これ以上、君がステキになるなんて、ありえるのかい?」 さぁ〜、あなたも、身もサイフも暖かくなる「ババ・シャツ」を手に入れませんか? 方法は簡単!メール1通で、ラクラクお申し込み! 今なら、「アニマル室内履き(サル)」をお付けします!! さぁ〜、「ババ・シャツ」をゲットして、スマートに冬を過ごしましょう! |
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【 ビニ本 】
健全な青少年の目と精神を守る為、エッチ度の高い写真集や雑誌には ビニールをかけ、中身を見えないようにした本や雑誌の事 |
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「トリンプ・開発者のコメント」
アトムに描かれている「科学が生んだ夢の21世紀」と、現実に訪れた21世紀。 どこが予想通りで、どこが違うのか。みんなが考えるきっかけになれば…と、 国民的ヒーローをモチーフにしたブラジャーを開発してみました!! |
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おおおおお!オープニングの曲、同じだぁぁ〜〜!!
←この方が、トルコの「みのもんた」!! お髭がステキな、渋いおぢ様じゃなぁ〜い(*^_^*)♪ 問題の出し方も、セットも全部同じだけど 「テレフォン」で仲間の画像がないっっっ!! ぬ゛ぅぅぅぅ!なぜっっっ??(イタリアでもそうだった・・・) ・・・なぜ、そんなに残念なんだ・・なぜ?・・なぜって・・・ブツブツブツ・・ |
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〜 「忠臣蔵」の各場面が選べる見学オプション付き!!! 〜 参加人数に限りがあります!! お早めにお申し込みをっっっ!!! *日程限定コース:12月5日〜12月15日 *レンタル衣装のリクエスト受付ます! *12月5日に中止になった吉良邸の茶会へご招待! *畳の張替え技術をお持ちの方は、大広間の畳換えに参加可能です! *12月14日の討ち入り当日は、あの吉良邸にご宿泊!! 諸注意: フリータイムの移動で使われたカゴ代は自己負担になります。 現地通貨は必ず旅行前にご準備下さい。(現地に換金場所はありません) レンタル衣装代は、ツアー代に含まれます。(1回のみ交換可)。 歴史を変える可能性のある行為は硬くお断りします! 発見しだい厳重処分させていただきます! *大工の棟梁の娘・代役オプションは危険性があるとのご指摘をいただき中止になりました。ご了承ください。 |
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1890年(明治23年)9月16日
トルコ皇帝ハミル2世が日本に派遣した特使一行を乗せたエルトゥールル号が 帰路、暴風雨に遭い、和歌山県串本町沖合で、岩礁に衝突し遭難するという事故が起きました。 この事故で、特使を含む518名は死亡してしまいましたが、 死を免れた69名は地元民の手厚い救護により一命を取り留めました。 ちょうどこの当時、村は台風の為、漁ができず、自分たちの食べるものにも困る 状況であったにもかかわらず、非常時のために飼っていた最後のにわとりまでも トルコ人に食べさせ介護してあげたそうです。 勿論、遭難者の遺体も引き上げ、丁重に葬りました。 この話は、和歌山県知事から明治天皇に伝えられ その後遭難者たちは、明治天皇の命により軍艦2隻でトルコに送り届けられました。 この話に同情した「山田寅次郎」は、一民間人として新聞社などの協力を得ながら 全国を歩いて義捐金を集め、それを携えてトルコに渡りました。 1892年4月4日、イスタンブールに上陸した山田は、外務大臣サイド・パシャに 義捐金を手渡し、皇帝アビドゥル・ハミト2世に拝謁しました 山田寅次郎はトルコ側の要請で、そのままトルコに留まり、日本語を教えると共に 日本とトルコの友好親善に尽くしたそうで、この時の教え子の中に、 後にトルコ共和国初代大統領となる、ケマル・パシャ(アタチュルク)がいたそうです。 時代は下って、イラン・イラク戦争勃発の1985年3月17日 イラクのサダム・フセインが「今から48時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機を 打ち落とす」ことを世界に向かって発信。 イランに住んでいた日本人は、慌ててテヘラン空港に向かったが、 どの飛行機も満席で乗ることができなかった。 世界各国は、自国民の救出をするために救援機を出したが、 日本政府はすばやい決定ができず、空港にいた日本人は、パニックに陥った。 そこに1機のトルコ航空の飛行機が到着! トルコ航空の飛行機は日本人216名全員を乗せて、成田に向かって飛び立ちました。 タイムリミットの1時間15分前だったそうです。 なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった事を この時、元駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語られたました。 「エルトゥールル号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を 今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。 今でもトルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。 それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」 |
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